日本民家再生協会

No

  日本の気候風土の中で「住まう」とはどういうことか。
 有史以来先人達が積み上げてきた英知の中にそれを学び、考え、実行するために情報を収集していると、「日本民家再生協会」に行きあたりました。
 
 昨日はその今年度第1回講習会に参加してきました。
 まずは、人間はなぜ「イエ」を建てるようになったのかというところから入り、続いて「森林の国・日本」というテーマで日本の森林植生に関する専門家の方の講義を拝聴させていただきました。
 そして実際に各種の木材と葉を見比べ、手で触り、その木の名を言い当てるワークショップ。
 
 参加しておられる方々の中には建築・住宅関連の職業に就いている人も多く見受けられました。 
 今般の震災・原発事故を経て、我々の住まい方、生活のありようは本当にこれで良かったのか、国を挙げて再検討しなければならない時代になると思われます。
 近年、食品に関わる者がその加工法、ひいてはその素材の健全性にまでこだわることを求められてきたように、建築・住宅に関わる者も高い社会的責任を一層求められてしかるべきだろうと思われます。

  根源的なところから、「住まう」を考えていきたいと思います。

ボランティア希望の方々へ

20110321

 現在、東日本大地震被災地へボランティア協力員として現地入りを検討している団体・個人の皆さまへ、事前の準備をするうえでの参考としていただくため、私個人が宮城県石巻市に現地入りした(2011年3月20・21日)際に得た情報と見解を報告いたします。
 
<移動手段>
 私が東京を出発したのは3月19日朝。 大宮→新潟(上越新幹線) 新潟→酒田(JR特急いなほ号) 酒田→山形(高速バス) 山形→仙台(高速バス) 仙台→石巻市(震災臨時バス)
*上記交通手段は3月19日に選択したものです。 現在(3月24日)は他の選択肢があると思います。
 
<仙台事情>
 3月19日現在では仙台市内の水道・ガスの復旧がなされておらず、仙台駅は閉鎖。 都市機能が麻痺した仙台市から出ようとする人々が、仙台駅前のバス停に長蛇の列を作っていました。
 数あるバス停のどこからどこ行きのバスが出るかは、並んでいる人に聞くのが一番早く、オレンジ色の帽子を被った宮城交通のスタッフが案内をしてくれていたので正確を期すにはそういう方々に聞いて確認する必要がありました。
 
<道路>
 仙台から石巻へ向かう道路は走行可能でしたが、ところどころ陥没あるいは隆起している箇所があり、それらは至近距離に近づくまで目視確認が難しいのでドライバーは注意が必要です。
 
<石巻市内交通手段>
 仙台からのバスは旧北上川沿いにある石巻消防本部の前に到着します。 市内はバス・タクシーともに動いておらず、車・バイク・自転車等の移動手段を持っていない場合は徒歩以外ありません。
 
<市役所>
 建物は損壊を免れたため、1階には避難者名簿が準備されています。 市内の避難施設を記した地図も張り出されており、スタッフの方々が対応されていますが、受付時間は臨時のものとなっています。
 
<避難所事情>
*物資・・・・・各避難所によって状況が異なり、物資が届いている所とそうでない所があります。
*衛生・・・・・3月20日時点では水道が復旧しておらず、手が洗えないため、ウェットティッシュなどが有用と思われました。避難所の床はこまめに拭き掃除をしないと埃がまいあがり、健康を害する恐れがあるので、そのための道具や自発的な清掃行為が必要です。加湿器などもあると良いと思われました。
*介助・・・・・病院に搬送されず避難所にいらっしゃる方々でも、お年寄りは何かしらの疾患をかかえている方も多く、昼夜を問わず細やかな介助が必要です。
*スペース・・男女が同一の空間で生活していることもあり、女性特有のストレスも多いと思われます。ついたてや簡易間仕切りがあるだけでも、着替えのスペースが確保されるなど、細かな心的ストレスを解消できるように思われました。
 
<地域外の人が留意すべき事>
*(服装)
 残念ながら、治安の悪化がみとめられるため、外から来た人が見るからによそ者の風体で街を歩いていると、それ自体が地元の人々の不安を煽る結果となってしまいます。 石巻には遠く鹿児島からも消防隊員の方々が来ていましたが、みな一目でどこのどういう組織に属する人間なのかが識別できる格好をしていました。 ボランティアで行かれる方々も、複数で行く場合は事前にユニフォームを用意し、背中には組織名を、胸には出来れば自分の名前を書いたバッジを付けるぐらいの準備があるべきかと思われます。
 秩序の無いところに秩序を作っていく作業を地元の方々がしておられる最中ですので、そうした配慮は怠らないようにしたいものです。
 
*(排泄)
 被災地ではまだ上下水道が復旧していないところも多く、自分の排泄をどうするかは大事な問題です。自分の出したゴミ・排泄物は持ち帰るぐらいの準備が求められます。
 
*(宿泊)
 3月20日時点での被災地では避難所のほとんどが既に満員でした。 ホテルも民宿も当然泊まれません。ボランティア隊は最悪の場合、氷点下の中で野営することも考えなければなりません。
 
*(情報収集と対策)
 集団で現地入りする場合には、1日でもよいので斥候として先発隊(1人か2人)を送り、後発隊が到着後に自前で衣食住をまかないながら、なおかつどこにどういう支援が必要かを調べ対策を練る。その情報収集作業を怠るとせっかくの善意が空回りすることになりかねません。出来れば現地から日帰り出来る地域に中継拠点を確保出来ると理想的です。宮城県内の場合、仙台・山形間のバスの便数が多くありました。地理的にみても宮城なら山形、岩手なら秋田という中継拠点確保が望ましいかもしれません。
 
<後方支援のありかた>
 上記の留意事項は私の率直な見解ですが、被災地の只中へ独自で入るには軍隊かそれに準ずる経験、あるいは組織力がともなっていないと、自分が救助される立場になってしまう可能性があります。
 おもはゆい気持ちを抑え、これから長期化する復興期の中でそれぞれの立場で何が出来るかを考え、準備・行動するということがより建設的であるようにも思われます。
 
 求められる支援のありようは時々刻々と変わっていきますが、さしあたっての
 
 救助・避難→被災地への物資輸送・衛生・医療・介助→被災地外への一時避難移動
 
 等の段階が一段落した後には、「住居」「雇用」をどう確保していくかという問題が出てきます。
 そして最終的には、我々の日々の営み自体をあらためて見直さなければならない時期が来るでしょう。
 具体的に考えていきたいと思います。